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【旅行33日目・その1】ナイル川中州にあるマリオット・ホテルからかつての住居へ [エジプト]

「【旅行32日目・その2】ヒースロー経由で27年ぶりのエジプト・カイロへ」から続きます。

スペイン・バルセロナからロンドン・ヒースロー空港で乗り換えて、エジプトのカイロ空港に到着したのは、ヒースロー出発が遅れたため8月11日(旅行33日目)の未明。
空港からタクシーでホテルに直行し、すぐに就寝しました。

泊まっているのは、ナイル川の中州であるゲジラ島にあるカイロ・マリオット・ホテルです。
IMG_8217マリオット.jpg

19世紀後半に建設された宮殿の敷地に建っていて、1,000以上の客室がある巨大ホテルです。
昔の宮殿部分を挟むように20階建ての客室棟2つがあり、中央部分はフロントやレストラン、カジノがあるほか、下の写真のようなプールもあります。
img_8216マリオットプールのコピー.jpg
今から30年前(この旅行からだと29年前)のカイロ赴任時も、最初はこのホテルに泊まりました。
今回泊まったのは、プールの左に見えている低層の宿泊棟の部屋です。

お昼前にゲジラ島北部のザマレク地区の散策に出かけます。
下の写真はマリオットホテルを、北側を走る7月26日通りからみたところ。
IMG_8218マリオット.jpg

15分くらい歩いてザマレク地区の北西部へ。
写真の白い建物はフラメンコ・ホテルという4つ星の宿。
ゴールデン・チューリップというオランダのホテルチェーンの1軒で、今回も宿泊を検討しましたが見送りました。
IMG_8219フラメンコホテル.jpg

実は、1989年から90年にかけて、フラメンコ・ホテルの斜め前のフラット(アパート)に住んでました。
こちらの写真がそのフラットです。(住んでいたのは確か5階)
IMG_8222昔のフラット.jpg
このあたりは、19世紀以降、エジプトを事実上支配していたイギリスの駐在員など、外国人の居住地区でした。
このフラットが何年くらい前の建物かはよく分かりませんが、エレベーターのドアが鎧戸になっていて、かなり旧式だったので、相当古いんだと思います。

下の写真は、フラメンコホテルのベーカリー。
住んでいた頃は、よくパンを買ってました。
エジプトのパンは、中東によくある膨らんでいない平たいものですが、このベーカリーは西洋式のパンがまあまあのレベルのものを売っていました。
IMG_8224ベーカリー.jpg

カイロらしく猛暑なので、このベーカリーで一息つきます。
デニッシュはなかなかおいしゅうございました。
IMG_8223デニッシュ.jpg

さらにザマレクを歩いていると、こんなポップコーン店を発見。
KuKuRuZa(ククルザ)というアメリカのチェーンですね。
あまりお客さんはいないようですが…。
IMG_8226ポップコーン店.jpg

住んでいた頃も、ヨーロッパやアメリカのお店が散発的に出店しては、ほどなくして撤退するという話をよく聞きました。
エジプトの庶民の購買力が低いのと、物流や行政手続きの問題で、商売がうまくいかないということだったと思います。
最近はどうなんでしょう…。
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YAP

欧米系のものは、お洒落には見えるものの生活文化に合わずに浸透しない、そんな感じですかね。
日本でも、最初だけ話題になって、それがあっという間にしぼんで撤退するものもありますもんね。
by YAP (2019-04-17 08:13) 

Lionbass

YAPさま
エジプトはかつてソ連寄りの立場をとっていて、それが経済的に振るわない一因でもあったようなんですが、湾岸戦争(1991年)あたりからアメリカに接近したので、少し変わったみたいです。
それで、西側の企業が参入する障壁が少しは下がったのかもしれません。
by Lionbass (2019-04-26 10:06) 

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